青が散る


 近年まれに見るショックを受けた。
 
 隣の駅で買い物をした。
 帰ってきて、自分の使っている駅。
 階段を下りていたら、肩を叩かれた。
 振り向くと、1年ほど前に別れた、彼女がいた。
 
 今、この駅を使っているのだと言う。
 私と同じ駅を。知らぬ間に引っ越していた。
 前から引っ越したいといっていたが、なぜ私が使う駅なのか。
 「仕事の関係で遠くには住めない。範囲が決められている。
 その中で1番よい物件があったから」という理由らしい。

 駅前で立ち話をした。
 ぜんぜん変わっていない空気。
 おもむろに彼女が切り出した。

 「私、結婚しました」 

 5月の誕生日にプロポーズされ、
 8月に籍を入れたのだという。
 左手薬指には結婚指輪が光っていた。

 相手がいることはしっていた。
 私との関係が終わる前から、
 強くアプローチしていた彼だった。

 「絶対、後悔させませんから」

 そう言われたらしい。

 私は、笑うしかなく、
 他愛ない話を、しばらく続けた。
 
 「私の人生、激変したよ」

 昔からネガティヴなくせにエネルギッシュな人だった。
 話し方に、どこか含みがある。
 エネルギーが満ちている。
 私は彼女の目を見て尋ねた。

 「そう?激変?」
 
 「・・・妊娠してまぁす」

 軽く言ってくれたのは何かの配慮か。

 色々話したけど、そこが、ピークだったかな。
 後悔でなく、何と言えばいいんだろう。
 どうしても、相手の男性、つまりだんな様と、私を比べてしまうのだよね。
 私の頭の中で。
 そしていかに私が不甲斐ない男であったかが分かり、
 そのことが、たまらなく私を打ちのめす。

 ほぼ8年という月日の中で、私はどれだけ、
 彼女に愛を注いだだろうか。

 今のだんな様と同じようには、とても、できなかった。
 話を聞くにつけ、そう思う。
 そもそも、私が彼女と付き合っていたときから、
 もうアプローチは始まっていたのだ。
 それは猛烈なものだったらしい。
 ちょうどその時期だろう。彼女は確かに揺らいでいた。
 「私を離さないで」と、まるでどこかの台詞のようなことを、
 頻繁に私に言ってきていた。「どこかにやらないで」と。
 結局私は、離してしまった。これは彼の力ではない。
 関係はあるかもしれないが、彼の存在が、直接の原因ではない。

 向こうの両親の反対を押し切っての結婚らしい。
 彼が強引に進めたようだ。
 「勝手にしろ」と言われたのだとか。
 彼女は結婚の意志は強くなかったそうだが、
 気がついたら、結婚し、そして妊娠していたと。
 当然だが、今は一緒に住んでいるとのこと。
 今日は定期健診の帰り道だったらしい。
 今まで1回も駅で会わなかったなと思ったら、
 私に合うのを回避するために、普段は車移動らしい。
 わざわざ新車を彼が購入したという(!)。

 ・・・。

 いったい自分は何だったのだろう。

 「オレは、後悔してないよ」

 って言ったら、怒った顔をされた。

 「それは、私が言うことじゃん」

 確かに。

 「これでよかったって思ってる」

 地面を見て、うなずきながら、そう強く言っていた。

 別れ際に、握手をした。

 「無駄じゃなかったよな?」と私。
 「何が」と彼女。
 「二人の、関係」
 「無駄だったら、私の20代が、全部無駄になるよ」
 って、呆れ顔で笑った。「無駄じゃ、なかったよ」

 「オレのこと、忘れないでな」

 女々しい私は、そんなことを言ってしまった。

 「ハハッ、忘れないよ」って大きく笑った彼女。

 「元気でな」

 「うん、元気でね」

 手を振って別れた。

 ありがとう。
 お幸せに。

 私も、頑張るよ。

 今でも私の定期はね、
 前に君が住んでいた駅までのものなんだ。

 言わなかったけど。

 もう、会うこともないかもしれない。
 いずれは、彼女の実家に近い、東北地方に住む予定らしい。
 そこを、向こうの両親が反対している。
 長男である息子がなんで家にこないのかと。
 それを押し切ったのが、彼というわけだ。

 強いな。すごく、好きなんだな、彼女のこと。

 +++

 この話を明日誰かにしたら、未練たらしいと思われるだろな。
 でもいいから、誰かに話さないと。
 慰めるのでも、からかうのでもいいから、私に関わってほしい。

 

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