WET WORK

ウェットワーク
フィリップ ナットマン Philip Nutman 三川 基好 / 文藝春秋
スコア選択: ★★★★





■なんとなく、惹かれるってことがあるもんだ。インスピレーション。これもそうだったさ。「ウェットワーク」というよく意味の分からない言葉、そしてカバーは、自らの喉元に銃口を当てている男のシルエット。・・・惹かれた。■CIAの工作員コルヴィーノは、パナマでのミッションに失敗する。ターゲットがすでに虐殺されていたのだ。そして彼もまた襲われた。しかしそのとき彼を襲った相手は、どう見ても生きているようには思えなかった。喉元を切り裂かれて、血を流しているその姿。銃弾を打ち込んでも倒れないその異常さ。何かが起きている。その場を逃れたコルヴィーノ。恋人の元へ向かうが、その恋人ミトラもまた虐殺(全身の皮を生きたまま剥がれていた・・・!)。■地球に近づくサラセン彗星の影響で、何がどう影響したのかは詳しく描かれないが、死者が蘇り始める。そしてまた人々の免疫力も低下。疫病が蔓延する。世界の秩序が崩壊する中で、コルヴィーノもまた何者かに奇襲され命を落とすが、屍者として蘇る。そして誰が自分を殺したのか、そしてパナマで起きた事件の真相を確かめるべく、単身動き出す。■そして新米警官ニック・パッカードは、ド緊張の都会での勤務の中で、いきなり異常事態に遭遇することになる――つまりは、人肉を喰らう屍者たちに遭遇する。■主にコルヴィーノとニックを軸にして物語は展開するのだが、各パートは短い文章で簡潔に記されており、実にスピード感がある。世界がまっしぐらに破滅に向かっていくその過程が、スタイリッシュに描かれる。ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』に影響を受けていることは明らかで、ここでも屍者=ゾンビに殺されたものは、みなゾンビ化する、頭を撃ち抜かない限り。■結末を書いてしまうと、ここでは誰も救われない(!)。ゾンビとなったコルヴィーノは、自分の役割を終えた後、ニックの手で、互いに合意の上で、命の火を消される。そしてニックは、別々の場所にいた妻サンディと、約束した場所で見事再会するが・・・。サンディは疫病におかされており、間もなく命を落とす。ニックは妻に優しくキスした後、彼女の遺志どおり、その頭にマクラを被せ、その上から拳銃で撃つ(ゾンビとならないように)。そして次に、自らの口に銃口をくわえ、引き金を引く・・・。なんてことだ。キングかクーンツの小説だったら、ここでサンディはきっと死なずに疫病から回復しそうなもんだが、この作者のフィリップ・ナットマンはカタストロフィを描き切った。■ここまででも、すでに誰も救われていないのに、最後には、ある人物の手で、世界は滅亡する。これだけのスピード感のある文章を僕は初めて体験したし、この無常観もまた、なかなかない。デヴィッド・アンブローズの『覚醒するアダム』に何か近いものを感じた。こっちのが断然渋いが。この渋さと、銃弾による死の羅列には、『シルバー事件』を感じたりもした。長くてすみませんが、最後に、屍者となったコルヴィーノが、事件の真相(誰が自分を殺したのか、そしてパナマで何が起きたのか)を探りに、自らのアパートを後にするシーンを抜粋する。

『用意はできた。答えを探しにでかける時間だ。
 彼は居間で立ち止まり、ビリー・ホリデイの写真に愛情を込めた視線を向けた。
 その写真を見ることも、歌声を聞くことも、もう二度とないだろう。彼は自分の唇に触れた指を、写真をおおうガラス越しに彼女の唇に当てた。
 「さようなら」
 コルヴィーノはアパートを出ていった。』

渋い・・・。ゾンビ好きな人は必読だ。見事なゾンビエンターテイメント。まーもう13年も前の作品だけどね。まったく古びてないね。どんなにエクストリームに突っ走っても、あくまでエンターテイメントであるところが大事やね。僕の中で特別なポジションに置かれる作品だ。

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