それもまた一興・・・か


 選択肢が溢れすぎている。
 本当に必要な情報ってなんだろう。
 日々、物凄い量の情報が、
 物凄いスピードで流れては消えていく。
 主にネットで・・・。
 泳ぎきる人はまずいまい。
 泳ごうとすればするほど、溺れていくはず。
 それほどまでに、深く、早く、強い流れ。
 自身の世界観・価値観に合致する
 特定の流れに乗るのが一番だが、
 多量な流れがあるがゆえに、
 いくつものグループが生まれる。

 膨大な情報が容易に手に入るからして、
 各グループの持っている
 情報量も半端ないものになるので、
 ちょっと島の違うグループ同士は
 「あっちは何言ってるか分かりません」的な状態。

 隣は何をする人ぞ。

 流れと流れの
 橋渡し役になれる賢い人はなかなかいない。

 共有の場であったお茶の間はなくなり、
 ダレもが知っているヒット曲も少なくなり、
 いったい何が私達をつなぎとめているのだろう。

 絶対的に必要な情報。
 とりあえずネットにはないだろう。
 それがなきゃどうにもならないってものは。
 たまに溺れかかっているのを感じるもの。

 普通に(って言葉も曖昧だけど)生きて、
 その中で手に入る情報ってやつしか、
 本来は必要としなくていいのかもしれない。
 溢れすぎる情報には、刺激、楽しさもあるけど、
 知らなくていいことも知ってしまう。
 比較の芽が芽生えてしまう。
 しっかり自分を定めていないと、
 不必要に自分を貶めてしまう。
 自分で限界を決めてしまって、
 挑戦することをやめてしまう。

 井の中の蛙がよろしいということではなくて、
 自分の立ち居地を知る必要があるということだ。
 そしてそれ以外は気にしなくていい、そう思う。

 自分に出来ることをやればいい、そう思う。

 人を見て羨んでも、
 結局自分は自分でしかなく。
 
 いろいろ、まとまらない。
 
 +++

 最近ようやく"リア充"という言葉を、
 使えるスキルを獲得した気がします。
 どういう人に使うべきかってことをね。
 
 僕は明らかにそっちではない。
 哀愁漂ってるし、疲れた感じだし、
 元気はつらつとはほど遠い。

 地べたを這うアリには大空を飛ぶ鳥の気持ちは分からず、
 逆に、飛ぶことの出来る鳥もまた、飛べないアリの気持ちは分からない、
 ってような諺があったけど、
 いや、人間同士でも、
 そういうのあるよね?って今夜は思う。

 負けたとかそういうことじゃなく。

 ただ、悔しい・・・。

 人生に集中できやしない。 

 とりあえず、おやすみだな。
 今日はダメな日でした。



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