either way you want.


 きちんと人に謝るって、とても恥ずかしい。
 恥ずかしいってなんだよって話だけど。
 引っ込みがつかない、わけじゃない。
 自分が負けた気がして、単に恥ずかしい。
 そんで、癪に障るといった部分もある。
 恋とか絡むと余計にそうだ。
 "恥ずかしさ"と"癪に障る"という感覚。
 ちょっとでも自分からアクションを起こすと、
 自分がこの件の責任を負うのではと心配になり、
 「そっちがこれこれこう言ったんじゃないの」という、
 相手の言葉が、頭にもうまるで現実のように浮かんだりして、
 それは勘弁願いたいという、邪な思いが働く。
 でも悪いのは自分なのだ。
 そしてそれを反省もしている。
 だったら謝るべきだろう。
 相手から罵倒されようとも、謝るべきなのだ。

 傷つくことさえできないままならば、幼いままだ。

 いつかあの人はきちんと真摯に謝ってくれたじゃないか。
 それに引き換え、自分はいったい何をやっている。
 不快な思いをさせておいて、責任だ恥だ癪だと何だと。
 そっちの方が恥ずかしいではないか。

 謝ろう。口が難しければメールという
 いささか逃げ腰にも思えるが、そんな手もある。
 この意志を持続させるのだ。
 私の一番ダメなところは、意志が長くないところなのだ。
 しかしこれは伝えるまで、貫かねばならぬ。

 私が一人のときを見計らって、
 そばに寄ってきていたのは、そう感じるのは、
 自意識過剰か。もしくは、情けだったのか。
 私にはチャンスだったのか。

 次は明日だ。また明日。

 こうやってああでもない、こうでもないと悩むとき、
 何のことはない、自分はやはりあの人が好きなのだなと思う。

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