カテゴリ:本( 76 )

市川春子 - 『虫と歌 市川春子作品集』

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

市川 春子 / 講談社

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 どっかで"「星の恋人」がいい、単行本化希望"、
 というような文を読んでからずっと気にしていて、
 そのくせ忘れていたのだが、
 ここにきてQJやwebDICE!で取り上げられて、思い出しました(笑)。

 +++

 昼だか夜だか分からない不思議なトーン使い。
 明るさと暗さが同居する。
 話の筋はちょっと書けない。
 ファンタジーという括りでいいかしら。 

 絵はダルい感じでソフトなのだけれど、
 よく考えると、話はけっこうグロテスクな。
 でもセンチメンタルでノスタルジックな部分もあり。

 構図とか間とか台詞(なんか独特の台詞回し)とか、
 難しいことは考えてる時間も素養もないので割愛で。
 「日下兄妹」が一番分かりやすいですかね。
 肩を壊して野球を諦めた主人公の元に現れる、
 ネジから生まれた女の子。二人の奇妙な共同生活。
 なんの論理的説明もなし。まあ、あったら余計っていうか。
 絵はふわふわしてるんだけど、
 ドラマがあって、それは必ずある種の別れに向かっていく。
 失望をもたらすものではないけれど。

 +++

 個人の生というやつは、客観的に見たら滑稽で、"?"かもしれないが、
 それでも主観的には、当の本人としては、
 その状況を精一杯楽しむことで(上を目指さないということではない)、
 幸せを感じることができるのだという、そんな流れを感じた。
 確かに人間は"人間"であるけれど、
 何か"大いなるもの"の一部でしかないのだと、
 だから自分につながる"すべて"の関係性に気づくことで、
 より幸福になれるのではないか。そんなふうに思う。

 高野文子さんとの類似性の指摘が避けられないようだけど、
 まあ私はちょっと読んでないので、言及することができない。
 相当影響下にはあるみたいですね。
 そうでなければここまで指摘されないでしょう。

 どこが新しいとかっても言えないんだけど、でも不思議な作品。
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井上夢人 - 『メドゥサ、鏡をごらん』

メドゥサ、鏡をごらん (講談社文庫)

井上 夢人 / 講談社

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 おそらくネタばれがあります。

 異様な死に方をした小説家の遺稿を探すうちに、
 主人公が奇怪な出来事に巻き込まれていくお話・・・なのだけど。
 一言では説明できないですね。
 この小説の奇妙さを生んでいる端的な要素は構造でしょう。
 冒頭から続く文章の書体が一般的なものではないので、
 これは何かあるなと勘ぐった私であるが、
 そしてそれはハズれなかったが、しかしこの展開は予想しなかった。
 他人の現実と自分の現実に相違が生まれ、
 やがて現実のみならず、自分をも失い始める主人公。
 読者はその主人公の思考を追うことで、
 自分を失っていく恐怖を味わうことになる。
 何が現実なのか。誰がおかしいのか。いや何がおかしいのか。
 自分は部屋にいたのに、部屋を訪れてきた恋人に、
 「いなかった」と言われる。
 こちらはこちらで恋人に何回も電話をしたのに、つながらない。
 「何回も電話した」という恋人に、「電話なんかこなかった」という主人公。

 ついに遺稿を見つけた主人公はそれを読み始めるが、
 奇妙なことにそれは今までの自分の行動そのままであった。
 自身が行ってきた調査が、いやその過程で感じた感情までが、
 そこに小説の形となって記されていた。
 なぜこんなものが書かれ得るのか? 

 もう、いよいよわからないですね。ゾクゾクしますね。

 そして私が読みながらうすうす思っていたことが、やがて文中で形になる。
 主人公の名前が小説中で一回も出てこないんですよ
 最終的に主人公は自分がいったい誰なのか分からなくなっていき・・・クライマックスへ。

 解釈はいくつかできるんでしょう。
 ひとつはこれ自体が、藤井陽造が書いた小説であるというもの。
 つまり藤井自体は物語の外に実在しているという解釈。
 これは一番つまらない考え方かもしれないです。
 むろん、たとえそうだとしてもこの物語自体の奇妙さが失われるわけではないですが。
 そしてこの考えでは、結局主人公は誰だったの?という問いに答えられない。

 もうひとつは、これが、呪いにかかった者の内面であるという解釈。
 つまり主人公は"藤井陽造"ではなく、名前は明らかにされないが、
 実在する人物であり、仕事はライターであり、菜名子のフィアンセであるという考え。
 だとすると、どこから彼はおかしくなったのだろう。言い換えれば呪いにかかったのだろう。
 主人公は幾度となく奇怪な体験をする。
 打ち合わせの記憶をなくしたり、部屋に入ったとたんに時間を飛び越えたような描写もある。
 奇怪な出来事に遭遇するきっかけのようなものが小説中には見えてこない。
 これが怖い。原因もなく記憶をなくし、"さっき"と"今"がつながらなくなる。
 (この辺りは小林泰三の「酔歩する男」を思わせたり)。
 もしかしたらここにある奇怪な出来事にはすべて、
 恐るべき整合性で、つじつまの合う答えが用意できるのかもしれない。
 (しかし私には用意できないし、"大風呂敷"という言葉も見かける)。
 小説の構造的な部分で見ると、もしかするとこれはたいしたことはないのかもしれない。 
 ループするような終わり方はどこか『ダレカガナカニイル・・・』にも通じる。
 自分が誰かを問いかけるような終わり方には『プラスティック』を感じる。
 あるいは『クラインの壷』でもいい。でも説明はついていない。
 何が起きたのか分からないままに終わってしまう。賛否両論だ。
 でも私はやっぱり主人公は"呪われてしまった"んだと考えるし、
 この分からなさが呪いの怖さだと解釈するし、
 それを描き切った(と私は受け取る)夢人さんはすげーなーと思う。
 じゃあなんで最終的に主人公は"藤井陽造"になってしまったの?他の誰でもなく?って思うけど、
 それは彼が藤井の後を追いながら、あずさに迫っていったからだと考える。
 最後の言葉が"メドゥサを見た"ではなく"菜名子"であったのも、
 主人公が実際は陽造ではないということを示しているのだと思う。


 私はこの本を古本屋で買ったのだが、最後の最後のページ、
 解説の後に薄い紙が挟まっていた。
 銀行のご利用明細だ。あさひ銀行からお金を下ろした、その明細が・・・。
 35,000円引き出して、残高およそ2,500,000円を示す明細・・・。
 ということはかつてこの本を読んでいた人物が、
 おそらくこの明細をはさんだであろう可能性が高い。
 いったいどんな人物なのだろう・・・。
 私はこの明細を元に、この人物に迫っていくのだった・・・。
 そして私が辿り着いたのは―
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『アンビエント・ミュージック 1969-2009』

アンビエント・ミュージック1969-2009(STUDIO VOICE BOOKS)

INFASパブリケーションズ

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 やっぱりまだまだ音楽は面白いと思う(えらそうだ!)。
 そもそも音楽って何なんだろう?とか難しいことを考える。
 Ambientミュージックって、「コレほぼ同じじゃねえか」って曲あったりしないのかなあ。
 いろいろ考えるなあ。なかなか刺激的な。
 これからも何回もめくることだろう。
 アカデミックなものでなくて、こういう本、もっと出ればいいのに(出てる?)。

 私のもう一個のブログは、かなりここからの影響が強くなりそう。
 言葉や言い回しをパクることが多くなると思います(何事もとりあえず模倣から!)。

 しかし膨大なカタログだ。
 暇があるときに、YouTube、MySpaceでチェックチェックですね。

 一部では酷評も多いこの書籍。
 でもそれは自身の中に明確な文脈がある人だけがなせるのでしょう。
 私、ぜんぜん批判的なこと思いませんからね。
 ここのあるものを一般的な系譜として自身の中に取り込むのは危険ということでしょう。
 ここにある切り口・視点が、主要なものとはズレているということなんでしょうね(笑)。
 私の選択はどうしてこうスライド気味なんでしょうね。

 これだけを以ってAmbientのナンタルカを語ることはできないのかもしれないけれど、
 私には興味深いディスクガイド足り得ているので、何回も読むことは確かでしょう。

 ちょっと足を踏み入れるのが遅かったかなあという気がする。
 時間がない。
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『自殺島』 / 1

自殺島 1 (ジェッツコミックス)

森 恒二 / 白泉社

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 『ホーリーランド』は読んでなかったのですが。
 兄貴に薦められたことあったな。

 もっと画に重量感ある方じゃなかったですかね。

 ちょっとモノローグが多いのも気になります。
 死にたかったのに、(理由はどうあれ)死ねない、だから生きてしまっている、
 という後ろ向きな生が、どうやって積極的な生に結びついていくのか。
 やろうと思えば、すぐに描けるんだろう。
 だが安易過ぎるのは、誰も望んでいない。
 いったい何が、彼ら、彼を、生に向かわせるのか。
 それがこれから。いろいろ起こるんだろうな。
 あ、主人公の名前セイだった! 今気づいた。

 こういう密閉された(わけでもないけど)、隔離空間という設定は好きなので、
 どう転がっていくか、楽しみです。

 あと、もっともっとグッチャグッチャ(エロ含む)でもいいと思うんですけど、
 それは私が何となくアレか、物差しがずれてきてるのかな。
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『GANTZ』 / 27

GANTZ 27 (ヤングジャンプコミックス)

奥 浩哉 / 集英社

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 おおすごい!!
 このマンガは波が何回もやってくる。
 しかも波の種類が毎回違う。

 ここまでヒートアップすると思わなかった。
 まさかの玄野が二人登場。キン肉マンだったら"掟破りの"とか使いそうな。
 しかもそこにはきっちり人間の制御不能な恋心が絡んでいる。
 そして早々に、二人とも各々の存在を知り、
 お互いに歩む道を決めてしまう、その過程がサラリと描かれる。
 きっと最終決戦でこの二人が活躍するんだろうなあ。
 と思わせておいて、あっさり殺すのがGANTZというマンガですが(笑)。
 でもきっと活躍するんだと思う。
 そのために二人を会わせて、各々をしっかり歩ませているのだと思う。

 新たな謎もまた沸いてきた。
 最終ミッションかと思われていたミッションが、途中に思える中、唐突に終了。
 そして初めて表に姿を現した玉男。彼が街中へ姿を消した理由は?
 それと重なり、GANTZの調子が優れなかった理由は?
 そしてドイツで菊池が知らされたGANTZの実態は真実なのか?
 カウントダウンだけで人を殺し、自動車事故を起こし、飛行機を落下させるセバスチャンは、
 いったい何者なのか? 相当な重要人物であると思われるけれど。
 突如アメリカの上空に現れた超巨大?な飛行物体はいったい何なのか?
 「アメリカがなくなった」という表現は文字通りの意味なのか?
 
 ついに始まった(ように思われる)カタストロフィとは。
 果たしてどう立ち向かうのか。
 きっともう、世界は元には戻るまい。
 がむしゃらに生き残ろうとする力だけが、
 確かなもの、信じるべきものとなるだろう。

 残念ながら、映画化されても、それがこれを超えることはないだろう。
 
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花村萬月- 『皆月』

皆月 (講談社文庫)

花村 萬月 / 講談社

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 これはよろしおす。傑作です。
 私が読んだ中では、『イグナシオ』、『ブルース』に並びました。
 瞬間的な感情の動きでいうと、1番だったかもしれない。
 主人公がオッサンなところがいいのかもしれない。
 PCが趣味のオッサンという、花村作品には珍しい設定。
 まあそのオッサンが妻に逃げられて、ヤクザ者である義弟(妻の弟)と、
 元ソープ嬢と共に、妻の捜索に乗り出すという話。
 映画でいうとロードムービー(実際作中で言及はされる)。
 実際旅が始まるのは第6章からだけど。

 不器用な者同士の心の結びつきを描かせたら天下一。
 いったいなんなのだろう。この感情の機微のとらえ方、描き方。
 旅の途中で麦藁帽子を買って、由美の頭に乗せてやるシーン。
 
  金を払っていると、背後でしゃくりあげる声がした。振り返ると、内股で立った由美が
 目の下をこすっていた。店の主人が不審そうに私と由美を交互に窺った。
 「どうした?」
 「・・・・・・幸せすぎるよ」
 「何が?」
 「麦藁帽子だよ」(p.262)


 ハイライトです。こんなにさりげなく涙を誘われたのは初めてかもしれない。

 筋だけ書けば、何と言うことはない。逃げた妻を捜してケジメをつける。それだけだ。
 だが、その中で、はぐれ者、アウトローたちが結びついていく様に、たまらなく、魅かれる。
 読まされてしまう。
 たとえ家族でなくとも、血が繋がっていなくとも、人は人と結びつけるのだ。
 そしてそこにおいて、性が大きな役割を果たしていることも、示してくれる。
 だからこそ、ここにある性は、涙を催すくらいに、
 (井上ひさし氏の言葉を借りれば)"清潔で清純"なのだろう。
 裏に、孤独からの解放、結びつきを求める、切実な想いが潜んでいるからだ。 

 こんな作品を読んでしまうと、何を読んでも比べてしまうんじゃないか。

 私の好きな阿刀田高氏が、解説で絶賛しているのも、嬉しい。 

 余談だが、女子の口にする「可愛い」は、ひとつの勝利宣言なのだなと、そう思った。
 対象に評価を下すという行為をもって、自身を対象より一歩上の段に引き上げているのだ。
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花村萬月 - 『ジャンゴ』

ジャンゴ (角川文庫)

花村 萬月 / 角川書店

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 クーンツの『デモン・シード』を読んでいたはずが、
 古本屋で一気に萬月氏の3冊を購入したために方向転換。

 + + +

 残酷描写。展開の鬼畜っぷりがすさまじいですね。
 ここまで突っ走ってただで済むまいと思ったが、やはり。
 どこか北野武監督の初期作品につながる無常観。
 暴力へのどうしようもない憧れ、酔い。快感と結びつく破壊。
 そして承知された終局への全力疾走。 

 ギタリスト、ヤクザ、女、オカマ、という構造は『ブルース』に通じる。
 が、私の中では『ブルース』がぜんぜん上です。 
 描写の凄惨さが原因でなく。
 もっと引き伸ばして欲しかったんですね。
 指を奪われた沢村が才能に見切りをつける過程とか、
 巨人症でオカマのミーナの生い立ちや、精神のあり方とか、
 山城の麗子への想いとか、あるいはその逆の部分も、
 もっともっと3倍くらいにして描いてあったら、また違った感想が。
 この分量だと、初めから何もなかった気がしてしまう。
 なんでそこまで過剰に暴力に走れるのだろうかという、疑問が沸いてくる。
 その疑問をねじ伏せて欲しかった。

 次は『狼の領分』か、『皆月』か、ですね。

 にしても麗子は変態だ。
 花村作品は読むと頭がおかしくなりそうと言った文学好きな女子が身近にいますが、
 まあ彼女は氏の作品はしっかり読んでないんですが、
 私は本作でなるほどちょっとその感想が、納得できた。
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セバスチャン・フィツェック - 『サイコブレイカー』

サイコブレイカー

セバスチャン・フィツェック / 柏書房

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 サイコスリラー、ですか。
 実験と称して、とあるレポートを読まされる学生たち。
 そのレポートというのが、読者の読む本文となっている。
 ときおりレポートが中断して、実験場面、
 というか、教授と学生のやり取りが描かれる。
 
 そのレポートの内容というのは、
 ある病院で発生した奇怪な事件の顛末。
 女性ばかり狙って精神を破壊、つまりは
 外界とコミュニケーションする能力を奪ってしまう、サイコブレイカー。
 吹雪の夜に、サイコブレイカーと共に病院に閉じ込められた、
 病院職員や患者たち。やがて、一人、また一人と消えていく・・・。 
 果たしてサイコブレイカーは誰なのか、そして動機は何なのかという点と、
 記憶をなくしているカスパルは何者なのかという点、
 そして頻発する「恐怖の瞬間まであと○○時間」という注意書きに導かれる、
 「果たしてその瞬間何が起きるのか?」という緊迫感が、物語を引っ張る。
 
 だが、それだけでは終わらない。
 この実験の目的が何であるのかという点だ。
 そこが最大の見所、であるのだが、
 これは物語中で起こる大ドンデン返し、ではなく、
 われわれ読者に仕掛けられているものなので、
 正直あんまりビックリしない。
 そのせいで★4つになっています。
 
 ページの途中に、物語中で言及される
 メールアドレスを記した実際の付箋がはさんであったり(ビックリした!)、
 レポート部分と、それ以外の部分で、ページ数が区別されていたり、
 序盤でいきなり犯人にたどりつく伏線が張られていたりと、
 細かいところまで凝っていて、エンターテイメント精神が爆発しています。
 
 一度読んで済ませるよりも、
 二度目にここがこうだからこうでこうで、
 そうすると、なるほど、こうじゃないと辻褄が合わんなと、
 パズルのピースをはめるように読んでいくのも、
 面白いかもしれません。

 もっとこういう展開だったらなあ、という思いもありますが、
 それを書くとネタバレになるので割愛。
 
 なんか余韻を残す不思議な作品だなあ。
 実験の真の目的というやつが、その感覚を生んでいるのかな。

 結局最後のなぞなぞ、答えが分からなかったので、以下のページを訪れた私(笑)―
 柏書房 - 『サイコブレイカー』書籍案内ページ
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弐瓶勉 - 『シドニアの騎士』 第1巻

シドニアの騎士 1 (アフタヌーンKC)

弐瓶 勉 / 講談社

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 『バイオメガ』を完結させた弐瓶勉氏が、新たに連載を開始した。
 『シドニアの騎士』。
 これまでの作品との関連性を考えながら読んでいなかったので、
 その辺は割愛させていただきます。"奇居子[ガウナ]"だけはどこかで出てきた。

 『バイオメガ』の後半辺りから画がソフトになりましたが、さらに、という感じですね。
 『BLAME!』の頃とはだいぶ違う。どこか"萌え"を感じさせる。
 あくまで絵柄からは、鬱々としたダークなイメージはなく、余白の多い、開かれた印象がある。
 世界観はハードSFといってもいいでしょう。完全に弐瓶ワールド全開。
 登場人物の名前がもう、読めません(笑)。
 そして『ブラム学園!アンドソーオン』を通過した後のソフトエロ&小ボケなテイストが
 (科戸瀬[しなとせ]イザナの浴衣姿が個人的にはヒットです)。
 だいぶ、読みやすくなった印象です。

 あとなんで読みやすいかを考えると、
 珍しく人間的な感情が行動の動機になっている作品だからか。
 嫉妬とか疑問とか、ライバル心とか競争心とか。
 どこか学園ライクなのも、いいのかな。
 ところどころに和のテイストも滲んでるし。
 序盤で米泥棒したり、おにぎりやうどん食ったり。祭りがあったり。

 唯一無二の漫画でないですかね。
 弐瓶作品の例にもれず、ストーリが完全に理解できなくても、
 キャラクター含めて、この雰囲気が好きで、なんか読んでしまいますね。
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宮本輝 - 『青が散る』

青が散る (文春文庫 (348‐2))

宮本 輝 / 文芸春秋

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 この青ってのは、青春のことだと思えばいいのだろうか。
 浅いだろうか。

 大学生活の4年間を、テニスを中心に描いた青春小説。
 前に読んだ『春の夢』と重なる部分があるように感じられるのは仕方がない。
 どちらも同様に、家系的に精神の病を患う者が出てくるが、この設定は、
 今作に生へのエネルギーが満ちているだけに、より一層暗い影を落とす。
 しかしコチラの方が乾いている。
 テニス一辺倒の大学生活の描写が、そのイメージをもたらすのかもしれない。
 とはいっても、実に物語の運びが巧みで、
 登場人物が次々に現れては、そこから物語の輪が新しく広がっていく。
 青春時代とはそうであるべきなのだろう。人と出会うことで人生を広げるべきだと思う。
 私は違ったなあと、今さらながらにして思う。
 それが正解か不正解かは分からないが、私は違った。

 正直テニスの経験がない私には、試合の描写はまったくの抽象的な影。 
 その中でどれだけ壮絶な駆け引きが行われているかは分かるのであるが、
 専門用語が出てくると、もう分からない。半分流れてしまう。 

 青春と言えば恋、というわけではないが、
 ここでもそれは大きなウェイトをしめている。
 解説にも書かれているように、ここで描かれる恋はどれも成就しない。
 自分が1番想いをよせる相手と結ばれるものはいない。
 隠し通すもの、玉砕されるもの、別の誰かと結ばれるもの、一人を選ぶもの。
 それを言ったら、主人公は結局何も果たせていない。
 テニスの大きな試合に出るところまでは漕ぎ着けるが、大敗する。
 4年間想い続けた相手が扉を叩いてくるが、結局彼は受け入れない。
 結婚した昔のテニス仲間からかつての恋心を打ち開けられ、不義を犯す。

 遼平が夏子を受け入れなかったのは、その不義のせいもあるだろう。
 潔癖であれという、亡き教授からの言葉が頭をよぎったのだろう。
 ということは、遼平は青春を捨て切れなかったのかもしれない。
 捨て切れなかったがゆえに、何も得ることは出来なかった。 
 ただそれすらも、やがて、青春時代の一コマになる。
 のだろう。
 なんであのとき、と思うのかもしれない。

 ゆるやかに流れる時間の中で、ときおり強く燃え上がった心。
 それが何をもたらすか分からないままに、
 心を燃やすのが、青春なのかもしれない。
 
 +++

 ゴールの見えない道だから、ゆっくり歩くのか。
 ゴールの見えない道だから、思い切り走るのか。

 青春は―

 ああ、まあ、もう私は、違うのかな。
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