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『繭(まゆ)』


T.J. マグレガー T.J. MacGregor 古賀 弥生 / 東京創元社
スコア選択: ★★★★





おそらく大方の日本の小説と、海外の小説を日本語に訳した翻訳モノというのは、文章のリズムが違う。そして往々にして翻訳モノの方が、情報量が多い。いわゆる「行間で読ませる」ような印象はない。なので読んでいると「ズズーン」と重苦しくなってくることがある。僕が今回読んだ『繭』もそうであった。作者はT・J・マグレガー。原題は『Lagoon』である。

まあそんな表現の話は、いいか。アメリカの田舎町"ラグーン”において、ホテルの経営者が、突如客に向けて銃を乱射、29人を殺傷後、自らも命を絶つ。だがまるで動機がわからない。調べてみると、彼の体は未知の皮膚病に冒されていた・・・というのが導入部。そして徐々に、町全体でどうやらその皮膚病が広まっていること、またときを同じくして動植物にも奇形もしくは異形のものが出現していること、その原因究明・解決のために、なぜか軍が動き出していること、それらを知った数人の町民が(も)真相究明に乗り出していき・・・話は進んでいく。そんな展開が見えてくると、「ああ、ディーン・R・クーンツばり(クーンツを持ち出すのもう古いかな)のサイバーなホラーだな」などと見当をつけて、「きっとこの病気は軍の兵器かなんかの影響で、奴さんはそれをもみ消そうとし、町民はそれと戦って、最終的には悪事は暴かれて大団円だな」などと話の流れおよび結末に見当をつけたのだが、見事に外れた。

たぶんこれから『繭』を読む方はあまりおられないような気がするので、話の展開に触れてしまいますが(それでも嫌な方は以下は読まないで下さいな)、ごく数人をのぞいて、主要な登場人物たちもこの皮膚病に冒されてしまうんですね。たとえばスティーヴン・キングの『スタンド』におけるような、なぜか病気には冒されない人物たちが集まって危機的状況に立ち向かう、といった展開にはならない。病気は容赦なく襲う。そしてこれは最後まで、治らない。ラストまで。

小説というのは手に持ってページをめくっていくから、残りのページ数が視覚的にも触覚的にもわかってしまうのだけれど、そうすると読み手は(というか僕は)、「ああ今この段階で残りこれだけのページ数だということは・・・ラストは○○な方向だな」などと邪推というか推測をしてしまうのだが、この『繭』においても僕はそれをやってしまい、その推測によると、「これはハッピーエンドではないな」との結論が出た。僕はてっきり上記のようなハッピー大団円で終わると思い込んでいたので、「ハッピーエンドになるにはあまりにも残りのページ数が少ない」という状況をみて、「これはまさか続編があるのではないか、そしてそこでハッピーなエンドが待っているのではないか」などと思ったのだが、違った。

僕がここで病気病気と書いていたものは、実は病気ではなく突然変異なのである。変異を開始した人びとはまちまちな速度で姿を醜く変えていく。そして大多数の変異者は「ウェッブ」という正体不明の大いなる意思に導かれて、群れをなし、人間を襲うのである。そして彼ら/彼女らは最終的にはなんと「繭」になってしまう!繭の中で更なる変異を待つのであろう。しかし、すべてが謎なのだ。なぜ変異するのかも、ウェッブというのが何なのかも、繭の中で何を待つのかも・・・。最終的には、繭狩りをする人間たちと変異者たちの集団が激突、町は血の海になり、それでも何人かがその町を脱出する。しかし脱出者の中でもすでに変異を開始していた者たちは、残酷にも愛しい人の前で繭になっていく・・・。なんて残酷な、やるせない状況だろう。原因も何もわからず、愛する人が変異するのをただ見るしかないという状況。そして繭から何が生まれるのか、そしてそれが生まれたとき、自分はそれ(=愛する人)を以前と変わらず愛することができるのかという問い。ムゥ。

言われてみれば、確かに解説に書かれているように、この話は映画『ゾンビ』の影響が濃い。あちらもなぜゾンビが町にわんさと溢れかえったのか、そのはっきりした原因は最後まで描かれない。ただそこにその状況があり、それを受け入れざるを得ない人間たちが、その中でどう生きていくかというお話である。その「原因は不明」という描き方を、若いときの僕は「いい加減だなあ」とみなしていたのだが、今は「原因は不明」という表現にはちゃんと意味があったのだと思えるし、その「原因は不明」なまま広がっていく危機的状況には恐怖を覚えざるを得なくなっている。原因が分らなければ根本的な手のうちようはなく、どうあがいたって、その状況の中で生きていくしかなくなる。そんな中で「希望」を持つのはとても難しい。しんどい。だから僕はそんなしんどいラストの『繭』はあまり好きにはなれなかった。

余談を言えば、この種のやるせなさというのは広げていけば現実世界に当てはめてることも可能なのかなとも思ったのですが、でもなんかただの言い訳や的外れにも思えるし、長ったらしくなるのでやめておきます(笑)。

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