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偶然の音楽

偶然の音楽
ポール オースター Paul Auster 柴田 元幸 / 新潮社
スコア選択: ★★★





ポール・オースターの小説って難しい解説がつきまとっているように思うけれど(というか僕が読んだ物がそうだったのかもしれないが)、僕はあんま難しいことは分からないので、彼の小説にある予定調和のなさが好きで読んでいるような、そんな節がある。■望みの無いものにしか興味のもてない男ジム・ナッシュと、天才(というほどでもない)ギャンブラー、ジャック・ポッツィの奇妙な旅である。膨大な遺産が転がり込み、仕事を辞め、取り留めのない、車での移動生活を続けるうちに、金が底をつきかけたナッシュは、路上で出会ったポッツィにある意味自分の人生を賭ける。ポッツィの知り合いの偶然の大富豪フラワーとストーンの屋敷に乗り込み、ポーカーをやるも惨敗(いや惜敗か)。金を巻き上げられて、挙句の果てには車も失い、フラワーたちに借金まで作り、行くあてがなくなる。そこで持ちかけられた話が、庭(つってもべらぼうに広い)でトレーラー暮らしをしながら、壁を作るというものだった。それで金を稼いで出て行けばいいという話だ。物好きのフラワーたちがヨーロッパから搬入した数多の岩(その昔は城の構成要素だった)を積み重ね、壁を作るという作業を強いられるナッシュとポッツィ。■これだけでもだいぶ奇妙な話である。まさかこんな展開になるとは思わなかった。ストーンの作っている街の模型(さらには模型の中にも同じ街の模型がある)に象徴されるような、この庭(有刺鉄線で囲まれた「閉じた空間」)に登場する人物たちが、また少しずつ奇妙である。使用人のマークスや娼婦のティファニー。さらにマークスの義理の息子のフロイドや小さなフロイド・ジュニア。壁作り開始以降、フラワーとストーンが一切姿を見せないことがさらに奇妙さを強くさせる。もしかしたら彼らは初めから存在していなかったのかもしれない、なんて気さえする。みんなストーンの模型の中の登場人物に過ぎないんじゃないか、なんて気さえする。ナッシュとポッツィ以外のみんなが協力して彼らを騙そうとしているんじゃないか、なんて考えも浮かんでくる。■あてのない旅を続けていたナッシュだったが、不思議なもので、この幽閉されての壁作りを行う内に、少しずつ彼は人生の意味を見出していく。ここを出てからのことに思いを馳せもする。けれどそれもしばらくのこと、フラワーたちのけち臭い根性によって幽閉期間の延長を余儀なくされた夜、ポッツィだけを逃がすナッシュだが、その翌朝、ボロ雑巾のように成り果てたポッチィをトレーラー前で発見する。マークスとフロイドは病院へと運んだというが、作品中で結局真偽のほどは描かれない。ポッツィの生死も明らかにされないままだ。そして誰がポッツィに暴力をふるったのかも、分からないまま。■ポッツィがいなくなり、心のバランスを失い、迷走するナッシュ。彼は結局働き通し、外に出るチャンスを掴むのだが、掴んだ途端、彼の心は再び「無謀」さを求める。仕事を辞め、車で走り回り、ギャンブルに持ち金すべてをつぎ込み、車を担保に入れてしまい、幽閉された。マイナスからスタートした壁作りの間、客観的にはともかく、彼の心は落ち着いていたのだきっと。しかし「外界」というプラスが目前になった途端、彼は再びマイナスを求め、ある行動に出る。そして物語は突然に途切れる。いや、途切れるような形で終わる。結局ナッシュは人生に何を求めていたのだろう。彼の人生は何だったのか。僕はここから何かを得ることはできない。ただ、そのすべてを煙に巻くような、一切を無に帰すような唐突な幕切れに、虚脱感に襲われた。

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